カテゴリ:旅( 49 )

妙高の在来種を食べる~長野から新潟へ③

 また日にちが空いてしまって、実は今日も「う~ん、明日にしようかな・・・」と、思い始めた。一緒に旅をした御仁が、自身のブログに素晴らしい投稿をしていた。そんなのを見ていたら、満足しちゃって「もういいかな」なんて思う。歳のせいなのか、季節のせいなのかなんだか分からないけど、この頃のんびりしたくなる。しなけりゃならない仕事や家事が終わったら、余計なことを考えずに空を眺めたり、空気の汚れ具合(あるいは透明感)なんかを感じていたいのだ。
 そういう目線で、自分の周りを眺めると、実に余計なものが多いな(肉体のぜい肉を含めて)と気付く。私は相当な物持ちなのだ。大半はガラクタだが・・・
 そう云う訳で、少し思い切っていろいろ処分することにした。それは、明日からすることにして、旅行の続きを書き始めよう。

 こそば亭と云う蕎麦屋は、妙高に麓にある。R292沿いの小さな佇まいの店だ。スケジュールは、朝から押せ押せで、11時30分の開店に間に合わせて入るつもりだったが、1時間もオーバーしてしまった。5~6台入れる駐車場が既に満車。4人も待っている。周りを見渡しても何もないし、外見はなんの変哲もない小さな店だ。だが、人々は「こそば」を求めてやってくる。
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 30分ほど待って、中に入ったが、お目当ての限定新蕎麦はまだなかった。天ぷら蕎麦を頼む。妙高ゆき海老は、小振りで淡白な素直な味だった。3尾付いてきたが、一尾はわざと殻付きのまま揚がってきた。パリパリと音が立ち、香ばしくて旨かった。蕎麦は、モチモチ感と粒々感が少しあった。それを硬めの締まった感じのつゆでいただく。新蕎麦の方も食べてみたかった。少々残念。
 しかし、今回初参加のたこ氏は、蕎麦を2枚も食べている。大丈夫だろうか。今夜は、半端ない量の魚が出るのに・・・ま、一応注意事項は伝えてあるのだし、それにみんな大人なのだから・・・
 私達が食べ始めるころにはすっかり客も引き、他には誰もいなくなった。蕎麦は限定らしく、打った分が終わると閉店するとのこと。待ったかいがあり、ゆっくりできた。




ギターの響きがいい
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by oishiimogumogu | 2011-11-01 22:28 |

新蕎麦の季節 ~長野から新潟へ②~


 松本(長野県)の浅田では、まだ昼の12時前だというに、他県ナンバーの車が3台駐車場に入っていた。「人気あるんだな・・・」そんな事を思いながら、暖簾をくぐる。
 この3年、なんともなしに年に一度は、松本を訪れているので、その滞在時間が昼に掛るようなら、浅田の蕎麦を啜っている。
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 主人の話だと、県内の新蕎麦には少し早いらしい。喉越しのしっかりした、ほのかに香る蕎麦を甘さ控えめの舌触りのしっかりしたつゆでいただく。薬味は、おろし辛み大根。この三位一体のバランスがなかなかよい。
 もう一杯は、茸蕎麦。
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 こちらは、温蕎麦だが茸の出しが出ているせいか、コクがありこちらも文句はなし。軽く一杯いただいて、焼き味噌をつまむ。いい感じだ。
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 いろいろ、こだわっている主人は両国の有名店と同門だそうだ。


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by oishiimogumogu | 2011-10-26 23:45 |

長野から新潟へ①


 旅に出た。と、いうより2泊3日の食べ歩き旅行に行った。車で870kmの行程。天気は大して良くなかったが、旨いもとものを造る人々との出会いがあった。だから、旅はいいのだ。
 現状、なかなか思うように出かけられる訳ではないが、旅する人生が私の夢なのだ。たまに家に帰って、お気に入りのぐい呑みを持ち出して、旅先で出会った旨いものを肴に、次のプランを立てる。あ~、遠い先の話かな・・・

 と、云う訳で、明日あたりから、写真の整理をしながら、書き始めようか・・・



最近ハマってしまったUVER world
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by oishiimogumogu | 2011-10-25 23:34 |

春爛漫-番外編-房総の海と花

 海が好きだ。自然そのものだから、ときに命を奪ってゆくこともあるだろうけど、かけがえのないものを無限に与え続けてもくれる。シーカヤックという手漕ぎの舟で直に波の揺らめきと戯れたり、旅を重ねた経験がある私にとって、海は単に風景と云うだけでなく、常に心の拠り所なのである。今回の房総の旅でも少しばかり海に触れて来た。風が強く少し荒れてはいたが、青空の色を孕んで美しく輝いていた。

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勝浦海中公園へ行く途中の桟橋の上から

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 昭和30年ころまで使われていたと云う、鰯漁の水槽。仕掛けは単純で、満潮時に水槽は海に沈み魚が入る。干潮になると取り残された鰯がうじゃうじゃ。それを捕まえる。
 これは人工のものだが、鍾乳石の多い河岸などでは自然にできたものもある。昔、木曽川を旅した時に何度か見たことがある。

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24日、日頃の行いが昨日の雨風がウソのような快晴に恵まれて誕生日を迎えた。
 一行は、ランチの前に花野辺の里に立ち寄る。桜は、前日に全部散ってしまったようで花弁のじゅうたんがあちこちに出来ていた。しかし、八重桜は見ごろ。

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食べ物と酒にはそこそこ詳しいが、花はさっぱりで名前が分からない。


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ヤマカガシがカエルを咥えているところに出くわす。

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美しい竹やぶ。道端に筍が・・・

旅が終わると・・・
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by oishiimogumogu | 2011-05-01 16:30 |

春爛漫 その2


 外房へ春の味覚を貪る旅のメインは初鰹だが、一泊するので初日の昼と2日目の昼がある。こういう時、私はメイン料理とは趣向を変えて楽しみたいと考える。そこで、初日の昼は軽くカレーを食べる。山間の段々畑の中に嘘のような美しい景色を眺めながら、オリジナル豆カレーを味わった。

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鴨川には、まだこんな日本の原風景があるのだ。

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「草 so」というカフェギャラリー。窓が風景のフレームのよう。空は雨模様だが、落ち着ける空間。

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玄米と春野菜とひよこ豆のカレー。カシミール地方のカレーをアレンジしてあるようだ。マスタードシードなとが入っていて、ちゃんとスパイスを炒る処から作っているのが分かる。素朴で飾り気のない自然な味だが、美味しく印象に残る。


 このカレーに其々、コーヒーやらハーブティーやら好きなお茶と組み合わせた。夜の事を考えると、昼はこの位でちょうどいいのだ。居心地のいい店であった。

 2日目は、年に一度しか行かないのにすっかりお馴染みになってしまっている「村のピザ屋」だ。マスターが俳優の千葉真一に似ている。燻製小屋があり自家製ベーコンやプロシュートを作っている。勝浦で買った筍とトマト、それに桜エビを持ち込んで焼いてもらった。石窯があるのでこんがり美味しいピザが味わえる。

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左:筍とアンチョビのピザ。朝掘ったばかりの筍をそのまま渡して出来上ったのがこれ。生地はもっちりサクサクでコクがあり、筍の淡白な味にアンチョビが絶妙な塩味を加える。右:しらすのピザ。これも絶品。具としてのしらすと炒ってトッピングしてあるしらすの2通りを楽しめる。これも旨い。

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左:シンプルにバジルとチーズだけのピザだが、ガーリックの風味が旨みを倍増。生地のクリスピーな感じが引き立つ。右:朝採れトマトと桜エビのピザ。これも風味と食感が絶妙な一品。材料持ち込みでピザを焼いてもらうという我儘をいつも聞いてもらっているが、ここで食べたら宅配はちょと・・・と思ってしまう。


 こうして、趣向を変えた食事はなかなか楽しい。元来私は魚好きで、漁港付近へ出向く旅が多いが、いつでもお決まりの海鮮料理というのでは、芸が無さ過ぎると思うのだ。

  
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by oishiimogumogu | 2011-04-30 19:44 |

春爛漫 その1


 うっ・・・とうとう誕生日が過ぎてしまった。それはさておき、代々続く江戸っ子としては、この時期は肝の底から鰹が食べたくなる。私の場合その鰹は刺身だ。盛り付けられた氷の上でピンと立っていて、本人?もいつ刺身にされたのか分からない位の新鮮な初鰹でなくてはならない。
 ふくよかな味わい、魚特有の臭みとは無縁の爽やかな香り。瑞々しい喉越し。自信の表れとも言おうか、血合いの部分まで味わってほしいとわざと付けてきたりする。想像しにくいかもしれないが、新鮮な初鰹は淡白で、秋の戻り鰹のような強い風味はない。この味ばかりは、出雲崎でのどぐろを味わうのと同様、鰹漁港基地まで来なくては食せない。そう云う訳で、今年もまた勝浦に出かけた。


 2月に某寿司屋で蟹三昧をした時に「そんなに旨いと云うなら、行って喰ってやってもいいぞ」といきまくT氏が今回初お目見えになった。

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              2月の蟹三昧、蟹刺しゃぶ→


 3.11の震災で本当に出かけられるのかと気を揉んだ。でも、「旨いのを食わすから心配しないでおいで」と、割烹中むらの大旦那に諭されて出かけてみたのだった。当日、この大旦那は京都に出張中で留守になる為、実際腕を振るってくれたのは、修行を終えて戻っている若旦那の方だった。


f0238572_16162853.jpgまずは、突き出し。鰹のしぐれ煮


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前八寸。あなご粽寿司、飯蛸うま煮、鯛の子含ませ、蕨・蚕豆・厚焼き玉子、山独活金平、長芋羹・雲丹・ずわい蟹・おくら、新人参のムース、筍ふくませ巻塩煮、紀州うすい豆浸し。
どれも食べるのがもったいないくらいの彩で目でも十分楽しめた。八寸の醍醐味は、こういう手の込んだ美しい料理を贅沢にもほんの一口づつ味わえることだろう。うすい豆とは、スナップえんどうのような豆で、シンプルにおひたしにしてあったが、豆の瑞々しさが生きていて旨かった。T氏も絶賛していた。

f0238572_23513891.jpgきれいに巻かれた笹の葉を開けてみると・・・

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お造り。何も足さない、何も引かない。これが初ガツオの真髄である。食べたものにしか分からない究極の鰹。この刺身を切るとき、氷に手を付けて冷たい手で作業をする。

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鰹の湯〆、納豆ポン酢、筍のしゃぶしゃぶ、薬味いろいろ。これは、ここでしか食べられない究極の料理。小鍋の出しが沸騰したところに鰹の刺身(皮つき)をくぐらせ、臭みをとった引き割り納豆とねぎと茗荷の薬味を乗せ、和辛子をアクセントにしてポン酢でいただく。鰹を食べ終わったら、そこに筍を入れしゃぶしゃぶにして、同様にポン酢で食べる。薬味は少しだけ残しておいて、出しに入れそれをいただく。厳選した真昆布で取った出しに、ほんのり鰹と筍の旨みが加わり、さらに爽やかな薬味の風味で究極の旨さを醸し出す。絶品。

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左:蒸し鮑の肝ソースがけ。右:山形牛の南蛮焼き。特A5級の信じられないような肉のタタキに九条ネギに塩タレを絡めて胡麻が降ってあった。漁協と肉市場の仲買権とを持つ大旦那ならではの素材の引きには唸るばかり。これだから、毎年の中むら詣では止められないのだ。

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左:フランス・シャラン産合鴨ロース。とろける霜降り鴨。右:雲丹の箱蒸し。明礬を使わない雲丹は格別。

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左:伊勢海老と鱚、行者大蒜、太良の芽の天ぷら。これは天つゆでも塩でもなく浅葱を散らした出しでいただく。右:口替り。フルーツトマトのソルべ。トマトの甘みと酸味が絶妙。いくらでも食べられそう。

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左:金目の煮つけ。これをおかずに白飯を少々いただく。この煮魚の汁だけでご飯が食べられる。右:伊勢海老の出しの味噌汁。白の合わせ味噌。いい香りの味噌汁。

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水菓子:デザートは、苺のワインゼリー。さっぱりとした甘さにほのかな酸味。ワインゼリーの食感全てを包み込んで見事な味わい。

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こうして思い返しても、きっと何日も前から考えて準備をしてくれたに違いない。若旦那の想いの伝わってくる料理の数々だ。酒も珍しいのを色々呑んだ。T氏も満足してくれたようだ。今回は大旦那に会えなかったのが残念ではあったが、若旦那の渾身の料理に感激し、再訪を心に誓った。
 
 ホテルまで、若旦那自らが車を運転して送ってくれた。雨風はひどかったが、明日は晴れるらしい。部屋で呑み直してしたが、一時間も立たないうちに、一人また一人と沈没してゆく。旨いものを喰って呑んで寝る。真の楽しみである。
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by oishiimogumogu | 2011-04-30 00:57 |

蕎麦を極める(3日目)

 仕事がバタバタしているし、松茸山には行かなきゃいけないし、大好物のカキフライも食べに行かなければいけない。はたまた新進気鋭の和食ダイニングで会合があるし、無性に焼鳥が食べたくなって銀座にも行ってしまったし、そんなことで、ネタは溜まる一方なのだが、記事を書くヒマがない。ブログ更新は、非常にスローペースな展開を余儀なくされているが、ネタは溜まる一方なのである。

 大呂庵は、朝の食事もきらめきの白米飯が旨い。
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何のことはない、ひじきの煮つけや、あえ物、野菜の炊き合わせなどであるが、朝早くから宿の方々のご尽力により、作りたての料理を食べさせて貰えた。こういう何でもない普通のおかずこそ、出しを取ってきちんと作られていないと困る。作り置きしたものをレンジで温めただけとか、業務用の総菜なんかが出てくると、それこそ興ざめだ。その点、この宿はとても良かった。

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 呼び鈴の亀。頭の部運を軽く叩くと、ベルが鳴り、用事を聞きに来てくれる。ご飯のお代わりが欲しいとか、ビールの追加を頼む時などに使う。宿の備品である。kazは、不届きにもこの亀をくすねようとして、顰蹙をかう。

 この日は、190km離れた信州の小布施まで一気に行く予定だ。朝食後、そそくさと荷造りをして、チェックアウトの大分前に宿を発った。女中さんがひとり駐車場まで見送ってくれた。車を出すときに深々と頭を下げて、その姿がとても印象に残っている。

 さて、高速を飛ばし、途中のトイレ休憩もそこそこに、我々が向かったのは、信州小布施の“せきざわ”という蕎麦屋である。この蕎麦屋に行くことを事の他楽しみにしていたのは、karである。なにしろ、蕎麦通の間では知れ渡ったせきざわは、自前の蕎麦畑の蕎麦粉で蕎麦を打っており、蕎麦もつゆも大変なこだわりである。
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 多少道に迷ったものの11時少し前には到着した。しかし、蕎麦屋に隣接した専用駐車場は、後2台の空きスペースしかない。運良く、そこに駐車できた。開店は11時30分だ。それなのに既に3組ほど既に待っている。我々もそれにい互い並んで待っていると、その後も続々と客が集まってくる。日曜日と言うこともあるのだろうが、車のナンバーは殆ど他県ばかりだ。
 実は、まさかここまで人が来ているとは思わなかった。日曜日の昼は、予約をい受け付けないが、開店と同時なら大丈夫だろうと思っていた。しかし、早めに到着したのが功を奏した。開店と同時では、蕎麦が売り切れ御免となった可能性が大きい。
 とにかく、kamも私も2年ぶり、他の人ははじめてだが、なんとか売り切れる前に、せきざわの蕎麦にありつけた。わざわざここまでやって来て、残念でしたでは、目も当てられない。プランナーとしては、ホッと胸をなでおろした。

 11時30分きっかりに、女将が店を開けた。6人全員が座れるテーブルに案内された。早速、メニューを見て、茜という3色蕎麦に決めた。せいろ、胡麻切り蕎麦、鴨南蛮のセットだ。それに「むらくも」というデザートも頼んだ。以前来た時に、デザートが滅法美味しかったことを思い出したのだ。私が前評判を聴かせていたので、糖尿病のspo以外が全員デザートをリクエストした。
 そうしている間にも、表に並ぶ客の行列は長くなり、女将は整理券を配り始めた。

 さて、いよいよ3色の1色目、せいろ。とにかく香りが良い。蕎麦特有の冷たい心地よい口当たり。蕎麦が纏う水分がちょうどバランスよく、気持ちよく喉を通る。だがしかし、このつゆの美味しさは何なのだ。元来、蕎麦つゆは、濃いと塩辛くなると思い込んでいたが、違う。どことなくトロンとした舌触りの蕎麦つゆは、濃厚な出しの風味はあるものの、飲みほしても喉に残る辛みが全くないのだ。前回来た時も驚いたが、今回も改めて驚愕した。酒に例えると、無ろ過生原酒のような感じだった。蕎麦もさることながら、これで飲む蕎麦湯まで気持ちは巡り、薬味の葱を少しだけ残した。
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 2色目は、胡麻切り蕎麦。これも傑作だ。と言うのは、胡麻の香りがするのに、蕎麦の香りを殺していないのである。1色目のせいろより、角が立ってきりりとした蕎麦は、ほのかな苦みが感じられ、完成度が高い逸品だ。Marは、この胡麻切り蕎麦が、とても気に入ったようで、唸っていた。満腹中枢が異常に発達しているせいか、何を食べてもすぐ満腹になるのに蕎麦だけは別腹のようである。最近、そのことを発見し、本人も自信がついてきたようだ。
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 その次の3色目は、鴨南蛮である。薄醤油仕立てのつゆに泳ぐ蕎麦は、上品な味わいだ。温蕎麦でも全く崩れることなく、一本一本の噛み応えがある。またまた、温つゆも非常に旨い。おまけに鴨は靑首なのか、濃厚なコクがあった。肉はしっかりしているのに、硬くない。鴨とくれば葱だが、焼きネギの香ばしさがアクセントとなり、心憎いまでに全体のバランスが整った蕎麦であった。この蕎麦は、何杯でもいけると思った。
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 最後は、デザートのむらくも。蕎麦粉3割の栗ようかんだ。最初、女将のペースで焦ってしまい、メニューにデザートが見つけられず、ないかと思ったが、勇気を出して聴いたところ、柱の張り紙を指して「今日は、むらくもです。」と、言われた。後で落ち着いて確認するとメニューのあちこちに書かれているのを目ざとくYosが発見。一同大笑いした。
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 「むらくもでございます。最初の半分は、そのまま召しあがって、残りにこちらのブランデーを垂らして召しあがって下さい。」へえ~、ブランデーねぇ。しかし、これには参った。しっとりした栗羊羹には、口に運ぶとふわりと分解してしまうが、確かに一瞬、蕎麦掻の舌触りが感じられ、抑えた甘さが心地よい。しかし、一旦ブランデーを数滴垂らすと、全く違う味わいになる。ブランデーの風味とマッチングしたむらくもは、まるで羊羹とは思えなかった。和菓子の粋を超え、マロングラッセのような香りに包まれる。そして甘さが上品に引き立つのだ。これでは、そこらへんの和菓子屋はお手上げだろう。近所にあったら、週に一度は買いに行くのにと思った。
 やはり、せきざわは人気があるわけだと思いながら、会計を済ませて外に出ると、売り切れ御免の看板が掲げられていた。


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 蕎麦屋せきざわを味わい、一軒道の駅に立ち寄ってから、帰路に着いた。多少渋滞もあったものの思ったほどではなかった。寄居の手前あたりで、本格的に雨が降ってきた。これが、翌日から天気を狂わせ週末には、季節外れの台風の騒ぎになった。実は、最初の計画では、この台風のさ中の予定になっていた。たまたま宿が空いていなかったので、一週前に繰り上げたのだ。その結果、またとない侯天気に恵まれた。天にも感謝である。
 車2台に3人ずつ乗車するので、2~3度SAに立ち寄る。立ち寄るSAは車内の無線器で決めた。最後のSA休憩のときには、日も暮れかかっていた。これが、この旅程で全員が顔を合わる最後であった。みんな、とても楽しかったと言ってくれた。なんだか東京へ戻るのが名残惜しい。
 2泊3日なんてあっという間だった。しかし、仕事を持っていれば、旅行と言ってもこの位の日程が限度だろう。日本人も早く欧米並みにバカンスを楽しめる時代が来ればよいのにとつくづく思った。

 結構、盛りだくさんで忙しない旅になってしまったかもしれないが、天気に恵まれたのは何よりだった。どうなるか分からないけれど、来年も酒と食をテーマに楽しくて、旨い旅ができたらいいなと思う。

おわり
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by oishiimogumogu | 2010-11-19 01:49 |

豪農の宿に泊まる(2日目-その6)


 蕎麦を食べ終わると、北方文化博物館を見学した。この博物館は、伊藤家七代目当主伊藤文吉氏がGHQによる農地解放後、財団法人を創設し自宅を博物館として、一般に見学できるようにしたものだ。
 豪農七代の歴史が詰まったこの建物は、60室からなる巨大な木造建築である。いろいろな逸話を聞いたが、印象的だったのは、土縁の天井に使われている、大杉(約30m)を切りだして運搬する時、家3軒に立ち退いてもらったという話である。とても、平成のこの世ではあり得ない事のように思う。現在でも八代目が、この館の一部に住まわれている。

 さて、我々が泊まった大呂庵は博物館の敷地内で、もとは伊藤家の身うちの別荘だった建物である。
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 静かで3組までしか泊まれない。客間もさることながら、パブリックスペースがとてもよく、一人旅で、読みためた本などを読むのにはもってこいの宿であった。
 一同は、テラスやら広間のソファやら、銘々好きな場所でくつろいだり、風呂に入ったりして、夕食の時間を迎える。大呂庵の料理は、決して派手ではないが、心づくしとでも言おうか、新潟の郷土料理であるのっぺ汁などもでる。
 特筆すべきは、羽釜で炊いた米の飯だ。田圃と言っても阿賀野川の氾濫が繰り返され、飢饉が続くことも多かった。新潟平野全体が、最初から良い水田に恵まれていたわけではない。伊藤家のような大地主が力を尽くして、治水工事や土壌改良などの事業をして、漸く良い米が採れるようになったのだ。そんなことを考えながら食べるご飯は、水晶のように光っていた。料理はみな、伊藤家にいらしたお客様をもてなすつもりで造られる。全て八代目の采配なのだ。

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 ここはそもそも「亀田のあられ、おせんべい」で有名な亀田製菓の本拠地、亀田がすぐ近くにある。そんな絵にかいたような米処の真ん中で、何故かお造りに大トロが出てきて、それがまた旨かった。野菜の炊き合わせや茶碗蒸しなどをそれぞれが持ち込んだぐい飲みで酒を酌み交わしながら味わった。今夜の酒もまた持ち込み酒である。こんな我儘を聞いてくれるのも、定宿故のことだ。ありがたや。
つづく
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by oishiimogumogu | 2010-11-15 22:05 |

旧家を訪ねる(2日目-その5)

 誰も信じないかもしれないが、幼少の砌は、あまり米を食べる子供ではなかった。と、いうより偏食で、食が細かった。その為か体質かは分からないが、ガリガリに痩せた子供だった。
 心配した周りの大人たちは、なんとか少しでも食べさせようと気を遣うので、それがプレッシャーとなり、噛んでいるモノがなかなか喉を通らない。飲み込めないのだ。だから、チューインガムのようにいつまでもいつまでも口の中に食べ物が充満していて、次のものを口に運べない。
 そのうちに疲れてしまうのだが、大人が決めたゴールに到達するまで、食事をやめさせて貰えない。心身共に限界が来て、キレて大泣きする。それでも、普通の同じ年の子供の1/3程しか食べられなかった。
 毎回、このようだったから、私は食事の時間が何より苦痛だった。幼稚園の弁当も他の子供の半分もない量を食べられず、毎日居残りだった。私は、食べずにいられるならどんなに良いだろうと、子供心に常々思ったものだった。

 そう云う時期も段々と遠ざかり、小学校も高学年になったころから、それ程食べることが苦痛でなくなってきてはいた。それでも胃に重いものは、やはり食べ辛かった。ご飯かパンかとなれば、当然食べごこちが軽いパンを選んでいたので、家じゅうで私一人が、朝食にパンを食べて登校していた。当時、給食は殆どパンであったし、夕飯時はおかずだけ食べてお仕舞にすることが多かった。親をはじめ、周りの大人たちも、あれほど食が細かったのに、ここまで食べられるようになったという実感があるから、私の食べ方や好き嫌いも含めて、あまりとやかく言わなかった。
 そう云う訳で、私は10代も後半になるまで、米の飯を殆ど食べずに過ごしてきた。たまに食べても、それほど美味しいと思ったことはない。母の実家は、信州の米処でそこからいつも米を送ってもらっていたから、米屋の標準米と比べたら、かなりいい米をたべていたにもかかわらずにだ。
 と、まあ、ここまでは現在の食欲の権化である私しか知らない人には、「造ってる」としか思われない半生である。

 瑞穂の国、日本。米は日本人の宝である。それは、今回の旅でも、八海山で米から造られる日本酒の醸造工程を見て、長岡のTさん宅を訪ね、米作りに人生を賭けるオヤジの話を聞き、旅館M屋の朝食で、旨い米の握り飯を食べ、弥彦パノラマタワーの上から、新潟平野は田圃の平野だと知り、日本人の宝、米を強く実感した。
 かつて、米を殆ど食べずに育った私でさえ、祖先の遺伝子に導かれるようにして、今ではすっかりご飯党になってしまった。そのきっかけとなる米の味を教えてくれたのが、まぎれもなくこの新潟である。
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 あれは、20代の前半、日本酒を追い求めていた頃である。会社の休みを利用して青春18きっぷを片手に、各地の酒蔵を訪ね歩いていた。
 あるとき、柏崎という駅で降りて、宿を探した。予算制限のある私に観光案内所が予約してくれた旅館は、駅からすぐ近くにあった。鷲尾旅館・・・確かそんな名前の宿だった。旅館とは言っても、泊まり客の殆どが、土木工事作業の為に遠方から来ている労働者だった。滞在型の安宿である。食事も大して期待などしていない。どんなおかずが出たのかも、今ではすかっり忘れてしまった。
 しかし、ここで食べた米の飯が、今まで眠っていた私の日本人DNAを呼び覚ましたのだ。この米の味は今でも覚えている。ふんわりあつあつで、舌触りはなめらか、ほのかな甘みと、ミルクのようなコクがあった。香りは抜群で、湯気の中で昼寝が出来そうなくらいだ。ご飯のおかずにご飯が食べたい!そんな風に思った。
 何か秘訣があるに違いない。そう思って尋ねると、女将さん曰く、「別に普通のお米を普通に炊いているだけ。ガス釜だし、そうねぇ、大人数のご飯だから、沢山炊くことくらい?普通の家と違うところは・・・」と、米の美味しさにのけぞる私を逆に不思議そうに見ていた。
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 前置きが、長くなったが、その米の総元締めとも言える旧家が本日の宿である。ここは江戸時代から栄えた豪農の屋敷である。当時全国に1000町歩以上の田畑を持つ豪農は、9件あったとされているが、驚くことなかれ、そのうち5件が新潟県内にあった。その中でも最も大きい伊藤家の敷地立つ大呂庵に今夜は厄介になるのだ。
 伊藤家は最盛期1370町歩(1370ヘクタール)の田畑を所有し、小作人2800人を召しかかえていたという。石高は6万表に達している。数字だけ見ても見当もつかないが、とにかく莫大な米が集められていたのだ。当然、宿のプライドにかけて、ご飯がうまいこと請け合いなのである

 米のことになると、つい力が入って前置きが長くなってしまった。続きは、また明日書かせていただくことにして、そろそろ仕事に戻ります。(ねむっ)
つづく
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by oishiimogumogu | 2010-11-14 23:42 |

天手古舞の十割蕎麦(2日目-その4)


 ワイナリーを後にした一行は、次の目的地である蕎麦屋の“天手古舞”に向かう。この蕎麦屋は、現在は、北方文化博物館の中にあるが、昨年、津川の商店街から移転してきた。観光施設のなかの食堂としての役割も果たしてはいるが、山都の農家から直接蕎麦を仕入れている結構本格的な蕎麦屋なのである。
 旅に出る前の週に電話で予約を入れたとき、「丁度新蕎麦になりまして、昨日はお得意様を何名かご招待いたしたのですが、みなさん出来栄えはよろしいとおっしゃっていただけました。ですから、今年の蕎麦もいいようです。」と、主人が話してくれた。旅のメンバーの中には、蕎麦のプロもいるので、蕎麦屋の選定は額に汗である。
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 毎日現定数しか打たない十割蕎麦を6人前確保してもらった。
 
 一行は到着するや否や、蕎麦掻の天ぷら付きセットを頼む。Marと私は蒸篭だけにした。夕食の為に胃袋のスペースを少し空けておきたかったのだ。ふと、ビールでもとの声が上がった。「ぢゃ、ビール三本ね。」と、頼んだ。「コップはいくつお持ちしますか?」「6個で。」Kamが「ああ、そうか今日はもう運転しなくてもいいんだ。ぢゃ心おきなく!」と、つぶやいた。本当に運転御苦労さまだ。
 時代劇に出てくるお約束の民芸調店内で、其々が思い思いに蕎麦をすすった。蕎麦は透き通るようで、粗挽きな感じ。とても丁寧に打ってあり、角も立っていた。私の感想としては十割というのにかなりモチモチっとした食感が印象的であった。新蕎麦の香りもちゃんとあったが、十割といいつつほんの少し米粉が入っている可能性が推測できる。今度、機会があったら店主に聞いてみよう。
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 Kamもまあまあ気に入ってくれたようで蕎麦屋2日目もそこそこうまくいった。
 
 さて、蕎麦の後は、博物館見学である。

つづく
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by oishiimogumogu | 2010-11-13 21:19 |


酒・食・器そして旅のたわごと・・・


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男の手作り燻製 ― 自慢の肴で今宵も一杯

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