カテゴリ:旅( 49 )

日本初のヨーロッパ種のみの葡萄のワイナリー(2日目-その3)


 私は、日本酒を造っている酒蔵をいくつか訪ねたことはあるけれど、ワイナリーの醸造所や蔵などを実際に見るのは初めてだった。
 実は、20代後半に給料のほとんどをワインにつぎ込んでいた時期(20代前半は日本酒につぎ込んでいた。私の20代は酒につぎ込む人生であった)もある。ヘンな話だが、よいワインには、そこに引きずり込まれるような舌触りやアロマが存在し時間や温度によって変化する。この変化を追いかけてもう少し、あともう一杯と飲み進め、いつしか深い眠りに落ちる。私はそこに心を囚われていたのだ。
 そんな訳だから、私の将来の夢は、ブルゴーニュとトスカーナのワイナリー&シャトー巡りなのである。どうしても、フランスとイタリアは外せない。まあ、余裕があれば、カリフォルニアやオーストラリアにも行けるといいなどと考えていた。それだけに、この日本酒の聖地のような新潟で葡萄畑やワインの醸造所や蔵など本格的な設備を備えたワイナリーと出会えることが、いささか不思議ではあった。
 見学するにあたって、案内役を引き受けていただいた株式会社欧州ぶどう栽培研究所の今井常務は、葡萄畑や醸造設備などきめ細かく説明してくれたが、随所に「俺はワインづくりを愛している」と言わんばかりの想いが伝わってくる。またひとつこの旅で良い出会いであった。

f0238572_0171741.jpg
 美しい葡萄畑。ここには、フランスやドイツなどのヨーロッパの品種の葡萄の木しかない。日本の葡萄は食用なので一本の木を大きくして枝を棚に釣る。木と木の間は離れているがワイン用の葡萄は間隔が狭く、根は横に貼れず地中深くまで伸びる。その結果、雨が少なくても地中深くの水を補給することが出来る。
f0238572_1557158.jpg
 葡萄の実は、食べてみると甘い。巨峰やデラウェアなどと比べて、水分こそ少ないがしっかりした甘みがあった。葡萄の実を囲う金網は、猫とカラス対策。
f0238572_1631637.jpg
醸造タンクの前で説明を受ける面々。日本で日本酒を造るなら設備などは国内で賄えるのだろうが、ワイン造りの設備は殆どが輸入せざるを得ない。それを考えても、少々気が遠くなる。
f0238572_16131795.jpg
 ワイン蔵の中。醸造後のワインはこのオーク樽で香り付けされる。この樽も輸入。毎年新樽を仕入れているが、この香り付けに使えるのは、3年だという。樽は、同じオークであっても、生産者や地域によって、かなり違うアロマを発する。新樽とワインに関する新しい知識だ。
f0238572_16221680.jpg
 ワイナリーの地下にあるワイン貯蔵庫。写真右の通路は、100m弱もある。地上の施設だけ見ていたら、地下がこのようになっているなんて、思いもよらない。ここには7万本のストックが出来るとのこと。将来は酒齢の長いビンテージワインが並ぶ可能性もある。
つきあたりでは、シャンパンの生産もしていた。

 地上の緑溢れる敷地の中の醸造施設やレストランと地下に広がる酒蔵で構成されるワイナリーは、小さいながらもヨーロッパのワイナリーを彷彿させるものだった。もともと日本のワイン造りは、食用で出荷できなかった葡萄の救済措置みたいなところがあり、ヨーロッパのワインと比べたらどうしても水で薄めたような感じが否めなかったし、必要以上に甘かったりした。
 しかし、見学の最後に試飲させてもらったワインは、どれも本格的な酸味やフルーティな軽さ、またはタンニンの渋みなどテイストは本格的な仕上がりだった。ワイン造りは年月がモノを言う部分が大きい。まだ、創業して17年ということだが、毎年美味しさが蓄積されたワインが造られていくことだろう。楽しみである。
 見学後、ワイナリーのもう一つの名物のジェラートを食べ、大変満足な一行は次の目的地である蕎麦屋に向かった。

つづく
[PR]
by oishiimogumogu | 2010-11-12 16:40 |

日本初のヨーロッパ種のみの葡萄のワイナリー(2日目-その2)

 旅の2日目は、朝から快晴で海も空も青く輝いていた。一夜の宿に別れを告げ、一行が向かったのは弥彦山パノラマタワーである。
f0238572_22194268.jpg
 このタワーは、昭和天皇・皇后も見学したらしい。写真が飾ってあった。駐車場に車を止め、我々はさっそくチケットを買い乗り場に急いだ。円形の展望室は外側が全面窓になっていてる。スタートする前は、コンクリートの壁に囲まれていて、この窓からはその壁に描いてあるペンキの絵しか見えない。空いているので、一席ごとに空けて悠々と座る。何が始まるのかよく知らないMarがぽつりと言った。「この席はB面だな。」私は、すかさず「すぐにA面になるから。」と、答えておいた。
 パノラマタワーは、この円形の部屋がゆくっり水平方向に回転しながら、上昇してゆく仕組みになっている。目的は、弥彦山の向こうに見える新潟平野の景色を見るためだ。
f0238572_2240649.jpg
 出発のベルが鳴り、パノラマ展望室は、ゆっくりと回転しながら上昇を始め、ピーク間近に壮大な新潟平野の景色を見せてくれた。新米を食べたわけだから、とっくに稲刈りは終わっている。刈り取られて坊主になった田圃が、面白いように何処までも広がっている。街も学校も鉄道も何もかもが、広大な田圃の中に点在しているのだ。この景色を見ていると、米処にやって来たのだと云う実感がひしひしと湧いてくる。
 みんなは、その景色に感激してシャッターを切っているのに一人だけ無言の男がいた。Kamである。彼は高所恐怖症気味ということで、密かに足が震えていたらしい。Marは「高い所がダメでも、あの景色は見ないと損だ!」と、慰めていた。
 平野の反対側には、この時期にしては珍しく穏やかな日本海が横たわっている。
f0238572_22562526.jpg


 弥彦パノラマタワーを後にした一行は、一路カーブドッチワイナリーに向かう。カーブドッチという名前は、オーナーの落希一郎氏の名字を取って、カーブ・ド・オチ(フランス語でオチの蔵と言う意味)から来ている。甲州ワイン(山梨)や池田町(北海道)など、国産ワインを作っている地域は多々あれど、新潟でというのは珍しい。落氏は、西ドイツのワイン学校で本格的にワイン造りを学び、日本に戻って北海道と長野県で葡萄畑とワイン造りの事業に従事したあと、新潟市巻町のこの土地に白羽の矢を立て、自らのワイナリーをスタートさせたのだ。1992年のことである。
 
 現在では、ワイン醸造所の他にワインショップ、レストラン、ソーセージ工房、多目的ホール、温泉スパ、ホテルもあり、泊まってスパでリラックスして、ゆっくりワインと食事が楽しめるのだ。近年には、隣にフェルミエというワイナリーも出来た。こういうワイナリーが増えて行けば、落氏が理想と考えるカリフォルニアのナパ・ワインリゾートのように、滞在型のワインライフが楽しめるようになるかもしれない。
 このワイナリーの大きな特徴は、日本に多数存在する国産食用葡萄ではなくヨーロッパから葡萄の苗木を輸入して、この土地の風土・気候に合う品種を探し出し、ワイン造りをしていることだ。シャルドネ、バッカス、カルベネ・ソーヴィニョン、ピノ・ノアールなどフランスワインの原料葡萄で造ったワインを味わうことができるのだ。ヨーロッパから来た葡萄の木のワインはこの巻町の地で、はたしてどのような味なのか、興味は尽きない。
 カーブドッチに到着すると、常務の今井卓氏に案内してもらい、いよいよワイナリー見学となる。
f0238572_23485984.jpg


つづく
[PR]
by oishiimogumogu | 2010-11-03 00:00 |

浜焼きで朝食を(2日目-その1)


 浜焼きは、各地にいろいろな製法で存在する。出雲先の浜焼きは、元は素朴に漁で揚がった魚を竹串に刺して、その竹串を砂浜の砂に刺して炭火で焼いていた。北国街道が出来る前は、漁師の家は海岸線にあり、家のすぐ裏手が船着き場になっていた。だから、何処の家でも自分の家の裏の砂浜で炭を起こして魚を焼いた。砂は炭火によって熱せられ、全体にまんべんなく、TVCM風に言うと“ふっくらジューシー”に焼ける。
 現在では、海岸沿いに国道が出来て、家の裏手がすぐ浜に直結するとまではいかないが、数件の家で浜焼は行われている。家の敷地内か、土間などに海の砂を運び込み、砂の輻射熱を利用して魚を焼いている。
f0238572_22304252.jpg
 一行6名が泊まった旅館M屋の隣の隣は石井鮮魚店で、ここでも浜焼を焼いている。タイル張りの水槽に海の砂を入れ、炭を高く積み上げ魚を焼くのだ。大抵朝の7時過ぎには、近所のお爺やお婆がやって来て、魚を串刺しにて焼き始める。
 旅館M屋の朝食も大層旨いのだが、ここはひとつこの浜焼を朝ごはんのおかずにしようと思った。M屋には、おにぎりとみそ汁だけを用意してもらい、其々好きな魚を買って来ることにした。宿の目の前の海岸公園の東屋で海を間近に見ながらの朝食としゃれこもうと云うのだ。
f0238572_22455924.jpg

 浜焼が焼かれているそばかから、「僕は赤魚下さい」「私は鯖」「じゃあ、私は烏賊」などと、遠い昔に駄菓子屋の前で小銭を握りしめていた子供に戻ったようにして、目当ての魚を買った。晴天の秋空と穏やかな日本海を眺めながら食べたコシヒカリ新米のおにぎりと浜焼は、旨い事ひとしおであった。
f0238572_22573722.jpg
 

 朝食後、M屋の鏝絵の間を見せてもらった。鏝絵とは字のごとく鏝で壁や天井に美しい漆喰のレリーフを描いている。伊豆の左官であった長八が有名であるが、M屋創業当時には、そういう職人も珍しくなかった。
f0238572_23151085.jpg
 M屋鏝絵の間の天井。この部屋にはかつて、VIPが招かれて晩さん会を開いた。出雲先は天領地。その当時人口は2万人以上いたらしい。因みに現在は5300人程だ。

つづく
[PR]
by oishiimogumogu | 2010-10-31 23:20 |

いざ食卓へ(1日目-その5)

 出雲崎漁港の競りを見物して大満足のご一行様、といいつつも、この時点ではまだそれほどの実感は湧かない様子。ま、その内わかるさ・・・と、思い放っておく。
 お土産物好きのKamに促され、天領の里を軽く冷やかして、出雲先の街並みを見ながら、ふらふらと宿に戻る。途中、“妻切り家屋保存会館”や“焼き物いずもな”どに寄っているうちに、サンセットタイムに突入。
 「あ~早くしないと、夕日がぁ~」一同大慌てで海岸沿いに戻り、カメラを構える。
f0238572_14223991.jpg
 この地に通うようになって4年が経って、漸く日本海に沈む夕日を見ることが出来た。ここは、夕日の名所なのだ。面白いことに振りかえると月も見える。
f0238572_14203414.jpg
 沈みゆく夕日と、それに代ろうとする月の間で秋の日本海が静かに佇んでいた。

 宿に戻ってひと風呂浴びた頃、いよいよお待ちかねの夕食になる。みんなはまだいい。話に聞いてから1カ月や2カ月足らずで、この日を迎えられたのだ。しかし、私は1年待ってやっとこの濱の飯にありついた。彼の地より戻って、このようにキーボードを叩いているが、今となってはまた1年待たねばならない。忍の一字である。

 階下のお食事どころに降りて行くと、銘々の善がしつらえてある。まずはビールで乾杯。料理が運ばれてくるのを見計らい、各々が持ち込んだ酒に自慢のMy猪口。まずは静岡、志田泉酒造のYB12、獺祭、そしてYB21、行きがけの八海山酒造で買った焼酎など入り乱れて、若干1名は赤く発色してハイになっている。その他は、次々運ばれる料理に目を見張りながら、呑みまくる。
f0238572_15231019.jpg

 もう少しみんなマシなことを言うかと思ったが、「うあ、これ旨い」とか「どれから手をつけよう・・・」とか、そのくらいで口数は少ない。
 私は、特大のどぐろに涙の再会を果たし、猫も跨いで通るほどしゃぶりつくす。上品な脂がたっぷりとその身を覆い薄塩加減で香ばしく焼き上げられたのどぐろを食べる人の邪魔はできまい。遠路遥々やってくる私の事をやっとみんな理解したようだった。
 他にもさっき競りに上がっていた魚が食卓に並ぶ。男性ながら極小胃袋に悩むMarを私は一番心配していたが大丈夫そうだ。鮑の醤油バター焼きは、濃厚で風味が抜群だ。そうこうしているうちに毛蟹がどどーんと出てきて、その後また柳鰈の唐揚げも出てくる。
 ほんの3時間前に港に上がった魚達を見て来たばかりなのだ。それがM屋の主人の手に寄って美味しく料理され、食べている。これこそが、出雲崎の実力なのだ。ようやくみんな実感したようだった。

☆この日の献立☆
先付け
・のどぐろの骨煎餅
・いくらおろし和え
・鰯の南蛮漬け
・蛸のカルパッチョ
お造り
・のどぐろ
・鯛
・鮑
・南蛮海老
焼き物
・大きなのどぐろ
・鮑のバター醤油焼き
大皿
・浜茹で毛蟹
揚げ物
・柳鰈の唐揚げ
汁もの
・魚のアラ汁

・新米コシヒカリ
水菓子
・梨
 食べ終わると胃袋が重かった。その重力に負けて、垂直でいるのが辛い。部屋には既に布団が敷いてある。みんなそれに誘われるようにして果てて行った。

つづく
[PR]
by oishiimogumogu | 2010-10-30 16:06 |

いざ競りへ(1日目-その4)


 出雲崎の競りは、あまりにも魅力的だ。こんな辺鄙な小さな漁村に揚がる魚の種類の多さは比類ない。それこそ水蛸から河豚まで何でも揚がる。今でこそ少しずつメディアに取り上げられるようになったが、少し前までは知られざる街でしかなかった。

f0238572_19374066.jpg
奥の方にいる赤い帽子の人が漁協の職員。独特のセリあいで、次々競り落とされていく。我々素人には訳が分からない。寺泊の業者や旅館の板前、新潟市内の料亭、魚屋などなど色々な人が仲立ちに来る。

 競りは漁に出られれば毎日行われる。小型の漁船が早朝から出かけて戻ってくるのが、14時過ぎ。いわゆる日帰り漁だ。その魚が夕飯の食卓に上がるのだから、食べることしか能がない私にとっては人知を超えた贅沢なのである。例え銀座で札束を積んでもこれと同じ口福は味わえないのだ。
 揚がった魚を選別して、15時30分には漁協の職員が競り人となって、独特の掛け声のもと次々と仲買人が競り落としていく。あっという間に次々と落札されて、次の箱が並べられる。そんな光景に、KamもMarもYosも興味深々だ。Kazに至っては、自分が仲買人にでもなったような気分で、魚の列の間を漂っている。
 そんな素晴らしい出雲崎ではあるが、御多分に漏れず漁業後継者の問題は深刻なのだ。私はKazで役に立つなら、売り払ってこようと思ったが、あの調子ぢゃ働く前に飯の食い過ぎで、追い返されるのがオチだと思い仕方なく持ち帰った。

f0238572_18471574.jpg
①そのまま刺身でいけちゃうするめ烏賊。似ぎす。鮭の仲間だそうだ。

f0238572_1902561.jpg
②左の端から、赤甘鯛、真鰺/赤ムツ(のどぐろ・小)、真鰺(大)/赤ムツ(のどぐろ・中)、赤ムツ(のどぐろ・大)、柳鰈小~大まで3箱、一番左は赤甘鯛。この甘鯛はすき焼きにして食べると滅法旨い。

f0238572_19172665.jpg
③上:②の拡大 下:鮟鱇(7.5kg)

f0238572_19215512.jpg
④鮭、鱈。もう鱈が採れ始めていた。日本海側では名前と入れるものが少し違うが、冬場の鱈の鍋は絶品だ。佐渡で食べた鍋は海藻と豆腐と鱈だけ。山形の坂本屋では、とんがら汁というちゃんこ鍋風。そしてここM屋では白みそと魚介たっぷり。冬の北国街道を鱈鍋を食べる旅は最高なのだ。

f0238572_19294699.jpg
⑤海女さんが採った鮑。鮑と床節の違いは貝殻の穴の数だとか・・・この鮑も旅館の主人が仕入れてくれていた。

f0238572_19451054.jpg
⑥毛蟹と鱧。毛蟹も夕食に食べた。鱧はかなり大きい。

f0238572_19511274.jpg
⑦馬面剥(ウマヅラハギ)潮際河豚。来月には虎河豚も揚がる。一番右は多分ホッケ?

f0238572_2095840.jpg
⑧水蛸、鮫。落札されたのだろうか?

f0238572_20154259.jpg
⑨左の手前2番目向こう側は不明?手前は黒曹以?右の箱は白鱚?真中は笠子。

f0238572_20391089.jpg
⑩ずらっと並んだ毛蟹。天然黄鯛

f0238572_20444475.jpg
⑪実は雲丹も(左の真ん中)右の手前は玄華の仲間?

f0238572_20503198.jpg
⑫左中央手前は石鯛。右は旨そうなホウボウ

まんべんなく写真を撮ったつもりだが、このほかに的鯛などがあったと思うし、名前が定かでないものもいくつかある。これで、四季折々、違う魚が登場するのだから想像するだけでも凄いことだ。

つづく
[PR]
by oishiimogumogu | 2010-10-29 21:04 |

いざ競りへ(1日目-その3)

 年にそうそう出て歩ける身分ではないけれど、年月も重なると結構色々な旅をしてきた。思い起こせば高校生だった時分に能登に蟹を食べに行こうと思い立ち、アルバイトで得た幾許かの金を握りしめ、紅葉も終わりかけた飛騨高山の民宿で一泊し、翌日ヒッチハイクで金沢まで行った。そのトラックの運ちゃんは、パンチパーマで都はるみをガンガンかけていた。時々鼻歌も歌ったりするが無口だった。トラックのキャビンは高い所にあるので、乗っているぶんには気分がいい。途中のドライブインで天ぷら蕎麦をおごってくれ、無事に金沢に私を届けてくれた。
 
 せっかく金沢に来たのだからと、近江市場に行ってみた。私はその時、自分にとってのパラダイスは、これなのだと思った。あらゆる魚、野菜、加工食品・・・今でも目に焼き付いているあの市場の風景が私の旅の原型になった。子供のころ親に連れられて行った箱根や伊豆、友達の家族と同行した軽井沢、林間学校の山中湖、修学旅行の京都・・・そんな旅行しか知らなかった私は17歳にして、初めて自分の旅に目覚めたのだ。
 
 近江市場の蟹を売っている店の前でどのくらい時を費やしたか、やっとの想いで一杯三千円の香箱を買った。おばちゃんに案内されて店の裏へ行くと、七輪があった。買った蟹は、目の前で捌かれて、七輪の網に並べられ香ばしく香りがったった熱々を頬張った。それは卒倒するほど旨かった。
「どうだ旨いだろう。少し飲むか。」そう言って、オヤジはアルミの千鳥の熱燗を甲羅に注いでくれた。初めての日本酒で香箱蟹の味噌を溶かしたのをすすった。初冬の日本海側のどんよりとした気候と一人旅の侘しさ、それらを包み込むような温かい甲羅酒であった。まさに五臓六腑に沁みわたる思いであった。

 あれからどんどん年月がっ経って、がんがん歳もとった。しかし、旅のスタイルの根本は全く変わらない。旨いものを求めて旅をする。それだけのはずであったのに、いつしかそれを取り巻く人と出会って、その出会いがまた次の旨いものへと導いてくれる。そう云う出会いの旅へとこの頃は少し成長したかもしれない。
 
 出雲崎へは、ここ数年“のどぐろ”を食べに通っている。定宿のM屋には忙しいときに、長岡の米農家Tさんの娘さんが手伝いに来ている。その縁で、私は東京に居ながらにして、特A級の混じりけのない米を食べることが出来るようになったのである。

 我々6名は、出雲先へ着くとすぐに、漁協に向かった。宿から歩いて10分ほどの港には、15時30分からの競りの為に、荷下ろしが始まっていた。

f0238572_19295076.jpg

出雲先の漁港。ここは早朝より漁に出ていた船が、午後になると戻って来て、それぞれ揚がった魚を選別し、道箱に詰めて行く。我々は邪魔をしないように見学させてもらう。
f0238572_19381693.jpg
 
さざえ・やり烏賊・墨烏賊

 港に着いた漁船から、おおきなバケツが降ろされる。なかの魚を選別して、道箱に詰め重さを計って、船の名前の紙の札をつける。その作業の手早いこと。箱がどんどん重なっていく。何度行っても揚がってくる魚を眺めるのは楽しい。初めてこの競りを見る4名は、圧倒されているようだ。こんな小さな港なのに、魚種はびっくりする程多いのだ。こんな漁港は、多くはないであろう。みんなカメラを片手に、歩きまわっている。

つづく
[PR]
by oishiimogumogu | 2010-10-28 19:53 |

農家のお米(1日目-その2)


 つぎに一行が向かったのは、長岡で最高の米を作っているTさん宅だ。私は以前からTさんが作る米を分けてもらっていた。電話では何度も話はしていたが、直接会うのは初めてだ。しかも、総勢6名のパーティで押し掛けたにもかかわらず、我々の到着を待って歓迎してくれた。
 
 Tさんは、蕎麦も作っていてその点では、専門家のKamと話が弾んだ。玄蕎麦を噛んで味比べをしたり、蕎麦に与える飼料のこと、玄蕎麦の刈り取りや精蕎麦に至るまで話は尽きない。
 米のこともそうだ。Tさんは米の話をしたら3日3晩でも話し続けるに違いない。米作りに関しては相当な研究をしているし、なにより心打たれるのは、そういった話の端々に米作りをいかに愛しているかが伝わってくるのだ。
f0238572_21272120.jpg

 今年は、夏が長く気温の高い日が続いたため、多くの農家で米に白い筋が入ったりして、収穫高に影響がでているようだが、山の上にあり、ため池の天然水で育ったTさんの田んぼの稲は全くダメージがなかったらしい。その素晴らしい米は、コンテストで8回も優勝している特A級だ。
 KamもYosもMarもこの米を分けてもらうことにした。いくらでも話は聞きたいし、田んぼにも行ってみたかったが、スケジュールの都合で見送りである。次回は是非とも田んぼまで登ってみたいものだ。
 私は密かに、来春にでも田植えを手伝う側ら、山菜採りに来たいものだと考えている。

 帰り際、Tさんの奥さんから、柿を沢山いただいた。米を送ってもらうときでも送料を取ろうとしないTさん夫妻。私の気持ちとして旨い肉でも送って差し上げようと考えている。

つづく
[PR]
by oishiimogumogu | 2010-10-27 21:30 |

絶景の蕎麦屋(1日目-その1)

 あることがきっかけで、それまで縁もゆかりもなかった男女が、それぞれが旨いと思う店に誘い合わせて出かけるようになって、そろそろ半年になろうとしている。年齢も職業も住んでいるところもバラバラだが、喰うことと呑むことに関しては、一筋縄ではいかない人間達だ。辛うじて末席に連なっている私などは、毎回目から鱗が落ちて、恐れ入る店ばかりだ。
 最初は、月一回のペースだったのが、最近じゃ月二回のペースで食べ歩き、ついに2泊3日で旅にも出かけてしまった。言いだしたのは私だが、まさか会社を休んでまで行くと言いだすとは思わなかった。ところが、みんなさっさと年次有給休暇を申請し、ネット掲示板には「ぢゃ、宜しく頼む。」と書き込みしてあった。と、言う訳で私は宿に予約を入れ、NEXCOのHPと頸っ引きで、タイムテーブルを作成し、酒蔵とワイナリーに見学の手配をして、蕎麦屋の席をリザーブ、3時間がかりでプランを練り上げ、予算計上して深夜2時近くにようやく掲示板にアップした。
 こうして、会社を休んでまで旨いものを貪り喰おうとする総勢6名が、新潟に向けて発進した。10月22日のことである。

 出発に際し、私は“朝ごはん禁止令”を出しておいた。しかし、これを無視して、カレーパンを貪る男、Kaz。待ち合わせの高坂SAのベンチで、インシュリン注射を打つSpo。重度の糖尿病だ。私は、この二人と同行して来て、蕎麦通のKamが運転するもう一台の車を待つ。通信係のYos女史から、覆面に貼り付かれて、スピードが出せないので、予定時間より遅れるとメールが入る。待つこと45分。初めからオーバータイムだ。チッ・・・
 
 やっと、全員集合である。車から降りて来た日本酒党のMarとYosとの挨拶もそこそこに、最初の目的地、そば屋長森に向かった。六日町ICを降りて、約20分で八海醸造第二浩和蔵に到着。この敷地内に目指す長森はあるのだが、その前に折角、八海山酒造に来ているのだから、DVDによる酒蔵見学をすることにしていた。
 我々は八蔵資料館に立ち寄った。「本社から、仰せつかっておりますから。」と、VIP扱いで60インチのテレビ画面に映る酒作りノウハウDVDを見た。こういう大手の蔵は、殆どがコンピュータ管理のオートメーションなのだが、それでも杜氏がいないと酒が作れないという。杜氏がその経験と勘で下す判断にはコンピュータも遠く及ばないようだ。

 そしていよいよ蕎麦である。長森は目の前に蕎麦畑が広がるローケーションで、こんなところでは何日でもぼーっとしていたい気分にさせられる。

f0238572_21142715.jpg
              そば屋長森の外観。裏に蕎麦畑が広がる
 
 言っても聞かないKaz以外は、朝食禁止令を守っていたので腹ペコである。早速、十割蕎麦と田舎そば、それに天ぷらの盛り合わせを頼んだ。蕎麦はつゆが選べる。しかし欲張りの我々は、両方試してみたいのだ。

f0238572_21252951.jpg
               上:鷹巣十割蕎麦(鷹巣で採れた蕎麦粉を使用)
               左のつゆは濃いめ、右のつゆはあっさりめ
               下:田舎蕎麦

 濃いめのつゆは、出しの香りが出ていてしっかりとした味わい。私は、田舎蕎麦を組み合わせた。歯ごたえのあるしっかりした蕎麦と合うように思ったからだ。十割蕎麦は、繊細だが香りが良いのであっさり目のつゆに浸けた。先週から、新蕎麦を出し始めたというこただが、日本料理の修行をした板さんの打つ蕎麦もなかなか味わい深いものであった。
 味わい深いと言えば、古民家を移築・改装した店からの景色だ。眼前に刈り入れが済んだ蕎麦畑が一面に広がり、窓から心地よい風が入ってくる。静かで見飽きることのない絶景である。こんな蕎麦屋は、私が知る限りない。
f0238572_21463444.jpg
 続く小道を少し上がると、この辺りが見渡せる展望東屋にはいつも忙しなくて、行けない。今回も同じであった。どうにか来年は、あの東屋に辿り着きたいものである。

つづく
[PR]
by oishiimogumogu | 2010-10-26 21:54 |

初鰹

f0238572_13211232.jpg


 24日に誕生日を迎えた。だからといって目出たくもなんともない。ひとつ歳を取るという現実を付きつけられるだけだ。だが、春生まれだからかなんなのか、私はこの季節にタラの芽のてんぷらを食べ、初鰹の刺身を食べないと何か変になってしまう。つまり、どこかの部品が足りないロボットがそのまま動いているような感じがするのだ。しかも、何処の部品が無いのか認識できない。これは軽いジレンマで、無意識のうちに気分にまとわりついている。多くの人がそんなことを理解不可能だと思うが、もしこの感覚に同感できる人がいれば、即刻友達になれるに違いない。
 
 折からの天候不順により、とうとう今年は山菜採りに行けなかった。しかし、志太泉酒造を訪ねた時、タナボタ的にタラの芽、こしあぶらのてんぷらで歓待してもらったので(勿論、酒も呑んだが)、こっちの方はクリアできた。そして不漁で危ぶまれていた初鰹もようやく食べることができた。それが、今年は誕生日に当たったのである。目出たくも何でもない誕生日だが、これで晴れて、「部品のジレンマ」に陥らずに夏秋冬を越せそうだ。よかった・・・
f0238572_12541024.jpg

 初鰹は、毎年房総勝浦まで食べに行く。ちょうど本日、テレビ朝日の『食彩の王国』で放映されていたが、近海で採れる鰹を刺身で食べるならここしかない。鰹といえば高知が有名だが、遠洋が多く勝浦沿岸にも高知の漁船が来る。だから、高知では土佐造りに代表されるような鰹料理の方がメインだと思われる。焼津は冷凍基地だから生を食べさせるところは少ない。
 我々(鰹狂の面々)は、毎度東急ハーベストに素泊まりし、展望風呂でひと風呂浴び、夕方ホテルのシャトルバスで割烹中むらに向かうのが定番コースだ。店に入ると親方は言った「今朝揚がったんだ。」「いいね~。今年も不漁だって聞いてたから、心配したんだ。」「そうなんだよ。でも、今日は特別。」「へえ。」
この店の魚は、親方が自ら競り落とすので、相当良いものが入る。地ものを食べるならここしかない。

 3人で5人前は食べる初鰹の刺身は、魚の生臭さとは無縁。親方が氷で指先を冷やしながら、冴えわたった包丁の技を披露する。刺身は器に盛られた氷の上にピンと立つくらい鮮度がよい。舌触りは清々しいけれど、まったりとふくよかだ。無添加刺身醤油(醤油だけで酒のつまみになるほど旨い)を香りづけ程度につけて部位ごとに味わう。ああ、旨い!旨いよぉ~。
f0238572_12571539.jpg五臓六腑に沁み渡るとは、正にこのことだ。他に開禁直後の桜エビのかきあげ、鹿児島牛の登板焼き(←特別ルート)、金目の煮つけ(醤油がいいので、煮汁が最高。連れの一人は、毎回白飯にかけて食べている)、などなどと平らげ、旨い酒を呑み、気分上々。親方の車でホテルまで送ってもらった。
 部屋に戻って夜景を見ながら、O.henryをロックで一杯。誕生日も捨てたもんじゃないと密かに思った。



房総の旅写真館はこちら
[PR]
by oishiimogumogu | 2010-05-01 13:12 |


酒・食・器そして旅のたわごと・・・


by oishiimogumogu

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

最新の記事

なんだか良く分からなくなるほ..
at 2012-11-28 13:36
なんだか良く分からなくなるほ..
at 2012-11-25 11:09
なんだか良く分からなくなるほ..
at 2012-11-20 20:20
なんだか良く分からなくなるほ..
at 2012-11-14 09:50
なんだか良く分からなくなるほ..
at 2012-11-10 12:45

ライフログ


男の手作り燻製 ― 自慢の肴で今宵も一杯

以前の記事

2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月

お気に入りブログ

ご利用はご計画的に。
ご利用はご計画的に。
+nao日記+
虎魚の愚息の独り言
ペルめし。ラテめし。
ハギーの日和見日記
ひろ窯ブログ

Link

カテゴリ

全体
日々の食卓
つくろうシリーズ
旨い店

器・食器・調理器具
酒・酒器
music
Photograph
その他

最新のトラックバック

検索

ブログパーツ

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

料理・レシピ
食べ歩き

画像一覧