美しい蕎麦②


 高原食堂の蕎麦が幻となって、私はなんとなく蕎麦屋めぐりを始めた。今日のように蕎麦屋が名店だ新店だとメディアに取り上げられる以前の事で、さしたるガイドブックも稀にしか見なかった。無論、インターネットもない。駅の立ち食いそば、下町の老舗、旅先の蕎麦屋・・・私はただなんとなく、のどかに蕎麦屋を巡って楽しんでいた。そんなことが周囲に浸透すると、「神田の××屋はうまいよ。」「六日町に行くことがあったら、△△に行ってごらん。」「××神社の一の鳥居を背にして、2件目はつゆが最高だ!」などと耳打ちされるようになった。へえ、皆さん案外、蕎麦には拘りをお持ちなんだな、そう思った。「拘りの蕎麦屋」なんていうのキーワードが、まだ一般的でなかった時分から、いやそれ以前から、人々は蕎麦には拘っていたようである。
 別に幻の蕎麦の再来を探していたわけではないが、なんとなくこの蕎麦屋はいいな、旨いなと思う店には、何件か出会った。そういう店のことをひとつひとつ書いていくことは、多くの人達がされているし、プロ級の評も沢山拝見しているので、私などがしゃしゃりでる必要もないだろう。

 ただ、私が好きだと思う蕎麦は、藪であれ更科であれ、自家製粉であれ輸入そば粉であれ、十割であれ二八であれそれぞれの蕎麦粉の特徴を引き出すような丁寧に打った蕎麦だ。田舎蕎麦などは、少々粗っぽい表情をしているが、食べてみると香りや歯ごたえ、つゆとの絡み具合が実によかったりする。見た目は荒っぽくても、親、またその親の時代からの土地に根差した蕎麦打ちを丁寧に踏襲した成果なのだろう。
 
 最近、あることが御縁で蕎麦業界で仕事をされている夢八氏と出会った。もうひとかた大変なグルメのM氏と三人で、夢八氏御推薦の木挽町の小さな蕎麦屋に行った。メディアには全く出ないというこの店では、写真撮影が禁止だった為、画像を出すことは出来ないが、つまみにしても蕎麦にしても本当に丁寧でどれも旨かった。酒の燗に至るまで丁寧で客であるこちらが頭を下げたくなる。特に見事たったのは、澄んだ冷たいかけつゆに蕎麦を落とし、青柚子の外側の皮をきれいに剥いた1㎜に満たないくらい薄切りを蕎麦の上から一面に散らした柚子蕎麦だ。柑橘類の持つ自然な酸味を見事に生かした逸品だ。日本料理は、素材の持つ酸味や苦みをうまく生かす特徴があると言うが、その通りだと思った。薄切り柚子にしても良く研いだ柳葉か蛸引で切ったようで美しかった。M氏もしきりに感心している。本物の店だ。
 
 最近の出会いではもう一軒。この頃は、秋になると新潟の寂れた街に「のどぐろ」なる魚を食べに行くが、途中で寄る蕎麦屋は南魚沼の長森に決めている。八海山酒造のすぐ脇にあり、古民家風の屋敷で手打ちそばを食べさせてくれる。清酒八海山の仕込み水を生かして丁寧に打った蕎麦は美しく、つゆも申し分なかった・・・様に思う。
 と、云うには、この蕎麦屋、広い窓の外は一面の蕎麦畑であり、背後には霊峰八海山が聳えている。この絶景に身をゆだねて夢心地ですする蕎麦の味は後でほとんど思い出せないのである。どうやら、景色に圧倒されて、記憶の一部が飛んでしまうようだ。前の売店で八海山の本格米焼酎、黄麹三段仕込「宜有千萬(よろしくせんまんあるべし)」を買うのだけは忘れないのだが。
 
 丁寧な蕎麦は美しい。そう思って書き進めてきたが、結局難しく考えるより、周囲の人々と同じように、旨いと思う蕎麦屋、好きな蕎麦屋を大切にしてゆければ良いのだと思った。そうそう、あの幻の蕎麦屋も含めて。



# by oishiimogumogu | 2010-05-07 16:07 | 旨い店

美しい蕎麦①


 20年以上も前の事だが、たまたまツーリングで訪れた開田高原で食べた蕎麦がきっかけで、突然そばに目覚めた。入った店は“高原食堂”と云って、赤茶色いトタン屋根で、民家の一部が店になっていた。ここは地元の人が農作業の合間に昼飯を食うとか、高山方面に荷物を運ぶトラックの運ちゃんが飯を食うために入るとか、そんな風な店で、孫のおもちゃが散乱していて、生活と商売の境目があいまいな、地方の片田舎に行くとよくある食堂だった。メニューもカツカレーだのオムライスだのラーメンだのと太マジック書かれた紙が貼ってありボリューム系がメインで、その一番端に「もりそば」「ざるそば」の文字が付け足したようにあった。
 泊っていた山下本家の爺様の紹介だった。開田高原は蕎麦の名産地と聞いたから名物でも食べてやれ・・・と思って聞いてきたが、こんな店構えに正直、外したと思った。宿泊地西野周辺には、名産地のくせに蕎麦屋は2~3件しかなく、そのうちの一軒は休みだった。本物の田舎なのだ。

 店には他に客もない。少々投げやりな気持ちで、「ざるそば」を一枚注文した。蕎麦は、お茶を出してくれた婆様が打つのだという。しわくちゃの陽に焼けた顔でにこにこ笑い、その手の指は節くれだっていた。
 婆様が奥に引っ込んでしばし待っていると、ところどころ禿げた根来塗の丸い蒸籠に乗った蕎麦を持って来てくれた。気取って落語のまねをしてすすった。次の瞬間より私は蕎麦食いに集中した。その旨いことと云ったらなかった。ふくよかな香り、澄んだ水の膜に覆われて冷たくしまった舌触りと歯ごたえ、甘くなく出しがほのかに香るそばつゆ。しゃきしゃきとした薬味の葱。その総和がたまらなかった。結局、追加して後2枚食べてしまった。
 人は見かけによらないと言うが、蕎麦屋もまたしかり。大満足で店を出て見ると眼前に美しい御嶽山が聳えていた。

 それからしばらくの間、新蕎麦の季節になると私は必ず開田高原へと走った。しかし、バイクを車に乗り換えたころ、高原食堂は改装し、観光地によくあるような蕎麦専門店となった。代が代わったのだ。山下本家も民宿を辞めて資料館になった。昔の錚々たる庄屋の佇まいにそのまま泊れる稀代な民宿は、建物や庭が素晴らしく、爺様が早起きして作ってくれた大根の味噌汁の味は今も忘れられない。
 新装高原食堂には一度行ってそれっきり。思ったとおりだったのだ。年々、開田高原も観光で訪れる人が増えているらしく、それに伴って色々な施設も出来た。段々おしゃれなリゾートに変貌しつつある。観光化の手がつけられる以前のあの土地を知る者としては、少々寂しいが、いたしかたあるまい。

 ・・・時は流れて、爺様も婆様ももういない。それでも私は東京の空の片隅で幾度も幾度も味噌汁と蕎麦の味を思い出してしまうのだ。

つづく




器いろいろはこちら
# by oishiimogumogu | 2010-05-06 10:54 | 旨い店

夕食は麻婆豆腐

夕食は麻婆豆腐_f0238572_1040415.jpg


 コメントを書いてくださったhachiyamateiさんに触発されて、無性に食べたくなって作ってみた。(これに使っているのが、自家製豆板醤)
出来上がったところに、花山椒を砕いてパラパラとふりかけた。
 花山椒をふりかけることは、10年程前に吉祥寺の知味 竹爐山房で初めて知った。以来、病みつきであるが、あくまでピリリくらいで止めている。辛いのは美味しいのだけど、困ったことに白飯を食べ過ぎるのだ。
 うまい~っ!と褒めてくれる人もいれば、変わった味だねという人もいる。自分としても、探究心が肝要だと思っている。旨くなる良い知恵があれば、ご伝授願いただけると大変ありがたい。

 昨夜は、このマーボー豆腐と中華風茶碗蒸し、水茄子のさんさ漬け、レタスとタマネギのサラダ。酒はお決まりのO.Henry。健康のため白飯は控えた。

夕食は麻婆豆腐_f0238572_11502121.jpgそれなりのデジカメを使っているのにピンボケしまくりのヘタな写真である。だから小さくした。
まーぼー豆腐の皿は額賀章夫作。右下の取り皿は正木春蔵作、お気に入りだ。

麻婆豆腐のレシピはこちら
# by oishiimogumogu | 2010-05-05 11:29 | 日々の食卓

旬を味わう



『旬を味わう』・・・かぁ。。。
なんとなく、今日はこのネタに挑戦する気になった。
 しかし、普段それ程意識していないが、こうして改めてみると、テーマとして膨大でとても私などには歯が立たない。
 
 それで身の回りのほんの少しを顧みた。
私の母親(昭和12年生)は、長野県の農村の出身で子供のころは当然のように農作業の手伝いをして育った。山村の四季の移り変わりそれぞれに、旬の食材が食卓に出されることは当たり前。逆に旬以外の食材を食べることなど思いの外だったに違いない。冷蔵庫のない時代に幼少期を過ごした母は、冠婚葬祭に出されるマグロの刺身やタイの姿焼などを大人たちが有り難がっているのが、どうにも解せなかったらしい。それもそのはず、マグロは黒く変色し、タイは塩辛くパサパサでネコも跨いで通るような代物である。後年、東京に出てきて、初めて刺身や焼き魚のおいしさを知ったのだと母は云った。
 父は、東京生まれ。下町の育ちだったから、長屋の軒先で秋刀魚を焼く匂をかぐと、夏の終わりを感じるような少年時代を過ごし、地域密着型の旬が生活の中に溢れていた。私ももう少し父親と拘る時間があったなら、子供時分に旬というものを親子の交流の中で捉えていけたかも知れない。しかし、私の幼少期に父親の影は薄い。仕事で子供が起きている時間に顔を合わすことは、滅多になかった。父と食卓を囲んだ記憶も少ない。したがって父親は、子供に旬を伝える役割を果たしたとは言い難い。
 
 私が幼稚園に行くか行かないかぐらいまでは、食材の買い出しは、もっぱら近所の魚屋とか八百屋だった。母は、魚屋の親爺との会話の中から夕食のおかずに何を買うか決めていた。簡単な調理の仕方も教えてくれたので、足りない知識も補えた。魚屋の親爺が勧めるもの、それがすなわち旬の魚介だったのだ。
旬を味わう_f0238572_13394114.jpg
静岡、志太泉酒造で御馳走になった山菜たち。 


 程なく近所には大手スーパーが出来た。そして普段の買い物はそちらに移っていく。幼稚園の帰りに行くスーパー。お菓子のラックの前で、毎日ひとつ買ってもらうものを選ぶのが楽しみだった。子供もスーパー奨励派だ。母親も小さい子供を二人(私と弟)抱え、きりきり舞いの毎日である。しかも全自動洗濯機も電子レンジもない時代だから、家事労働も相当なものだ。少しでも家事を楽にし、時間を節約したいと思うのは当然のことだ。一か所で必要なものが揃うスーパーに買い物の主流が移ることは当然だ。しかも、新聞の折り込み広告で大題的に宣伝するのだから、その効果も絶大であった。
 しかし、そこにはかつての魚屋の親爺の話のような旬を味わうための情報交換の場はなかった。母親は子供の栄養については気を配ってくれたが、食事時でもテレビをつけっぱなしの食卓で、旬のおかずの事が話題になることはなくなった。
 
 そうして私は、栗はたわしに入っているもの。ひものの鯵はあの恰好で海で泳いでいるもの。マスクメロンの表面は、プリンスメロンの実が小さな時にカッターで傷をつけて、大きく甘くするものと思い込んで10代の半ばまで過ごした。笑ってしまう。まあ、このこと自体は旬の食材とは直接関係ないが、食材の育つ過程と関わりない生活を送るという点においては同じことだろう。
 ただ、それは親たちのせいだけではない。父も母も自分が育った時代に“旬”がなんたるかなどと、誰からも教わった経験がなかったに違いない。自分が子供だった頃は自然に身に着くことであったから、自分たちの子供にもあえて教える必要性を感じていなかったのだと思う。
 あれから相当の年月が経つ今、旬を伝えることの大切さが叫ばれているという。現代人の粗悪な食生活を憂いてのことだろうが、免疫学的にも旬のものを食べるのは非常に良いことだそうだ。

 私は生来持っていた食い意地で、かろうじて食音痴を免れた。旨いものを探究する気持ちに正直に生きてきたお陰で、特に意識せず旬のものを味わう術を少しずつ身に付けられたようだ。お付き合いいただく方々にも感謝感謝。

・・・そろそろ、空豆がピークだ。買いこんで豆板醤を作ろう。




ぺったんはコチラ
# by oishiimogumogu | 2010-05-03 13:49 | 日々の食卓

pizza※房総の旅シリーズ付録

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勝浦の朝市で、小振りだけど美味しそうな浅蜊とブロッコリの房を買った。鴨川シーワールドを見て、次に向かったのは、君津の村のピザ屋カンパーニャ
 採れたてアサリとブロッコリのピザ(上)とたけのこ野口でもらってきた小さなたけのこで作ってもらったピザ(下)は、旅の締めくくりをさらに美味しくしてくれた。

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※村のピザ屋カンパーニャでは、ピザの具を持ち込むことができる。
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房総を走るライダーたちの間では、有名らしい。この写真が、店の外観の写真。ピザも去ることながら、手作りパンチェッタも絶品なのだ。冬場は、取り寄せも可能なので要チェック!
# by oishiimogumogu | 2010-05-02 13:51 | 旨い店


酒・食・器そして旅のたわごと・・・


by oishiimogumogu

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