初鰹

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 24日に誕生日を迎えた。だからといって目出たくもなんともない。ひとつ歳を取るという現実を付きつけられるだけだ。だが、春生まれだからかなんなのか、私はこの季節にタラの芽のてんぷらを食べ、初鰹の刺身を食べないと何か変になってしまう。つまり、どこかの部品が足りないロボットがそのまま動いているような感じがするのだ。しかも、何処の部品が無いのか認識できない。これは軽いジレンマで、無意識のうちに気分にまとわりついている。多くの人がそんなことを理解不可能だと思うが、もしこの感覚に同感できる人がいれば、即刻友達になれるに違いない。
 
 折からの天候不順により、とうとう今年は山菜採りに行けなかった。しかし、志太泉酒造を訪ねた時、タナボタ的にタラの芽、こしあぶらのてんぷらで歓待してもらったので(勿論、酒も呑んだが)、こっちの方はクリアできた。そして不漁で危ぶまれていた初鰹もようやく食べることができた。それが、今年は誕生日に当たったのである。目出たくも何でもない誕生日だが、これで晴れて、「部品のジレンマ」に陥らずに夏秋冬を越せそうだ。よかった・・・
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 初鰹は、毎年房総勝浦まで食べに行く。ちょうど本日、テレビ朝日の『食彩の王国』で放映されていたが、近海で採れる鰹を刺身で食べるならここしかない。鰹といえば高知が有名だが、遠洋が多く勝浦沿岸にも高知の漁船が来る。だから、高知では土佐造りに代表されるような鰹料理の方がメインだと思われる。焼津は冷凍基地だから生を食べさせるところは少ない。
 我々(鰹狂の面々)は、毎度東急ハーベストに素泊まりし、展望風呂でひと風呂浴び、夕方ホテルのシャトルバスで割烹中むらに向かうのが定番コースだ。店に入ると親方は言った「今朝揚がったんだ。」「いいね~。今年も不漁だって聞いてたから、心配したんだ。」「そうなんだよ。でも、今日は特別。」「へえ。」
この店の魚は、親方が自ら競り落とすので、相当良いものが入る。地ものを食べるならここしかない。

 3人で5人前は食べる初鰹の刺身は、魚の生臭さとは無縁。親方が氷で指先を冷やしながら、冴えわたった包丁の技を披露する。刺身は器に盛られた氷の上にピンと立つくらい鮮度がよい。舌触りは清々しいけれど、まったりとふくよかだ。無添加刺身醤油(醤油だけで酒のつまみになるほど旨い)を香りづけ程度につけて部位ごとに味わう。ああ、旨い!旨いよぉ~。
初鰹_f0238572_12571539.jpg五臓六腑に沁み渡るとは、正にこのことだ。他に開禁直後の桜エビのかきあげ、鹿児島牛の登板焼き(←特別ルート)、金目の煮つけ(醤油がいいので、煮汁が最高。連れの一人は、毎回白飯にかけて食べている)、などなどと平らげ、旨い酒を呑み、気分上々。親方の車でホテルまで送ってもらった。
 部屋に戻って夜景を見ながら、O.henryをロックで一杯。誕生日も捨てたもんじゃないと密かに思った。



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# by oishiimogumogu | 2010-05-01 13:12 |

鮨の幸せ③


 24日は私の誕生日だったが、その前日、目黒に初めての方々を二人、お連れした。二人とも職業柄かなり食通のお客人だが、驚いたり、笑ったり、食材の話に聞き入ったり、仕舞には親方と記念撮影して、大満足の様子だった。
 今までも、友人知人家族などを連れて行ったが、親方の食材や料理、酒の話、冗談、旨いネタに満足しなかった人はない。後輩の一人はこう言った「いままで使った¥15,000(おまかせで、ほどよく呑んでおおよそ¥15,000~¥17,000くらいだ)で、今日のが一番有意義だった。」
 また、先の命が限られた友人(難病に伏している。現在はもう口から食べることが出来ない)が、「あの鮨が食べたい」と云うので、親方に頼んだら、ネタを選んで小さめに食べやすいようにして、折に詰めてくれた。元気だったころ何度も店に行った友人を我がことのように心配して、お見舞いだとお代も取らずに渡してくれた。友人は、食物を飲み込む力が衰えていたが、1貫づつ心に刻むように食べていた。

 相変わらず「準備中」の札を尻目に、引き戸を引く。
「おかえり!」と、親方が迎えてくれる。
「ただいまぁ~」。今日はどんな酒が出るかと期待しながら、用意してくれていた席に座る。琉球グラスに注がれた、引き込まれそうになるような透明感のある酒を飲みながら、準備中の訳を聞く。ここに出す料理は、氷山の一角。出来上がるまでに、いろんな仕込みをしている。それは、数時間のこともあるし1週間のことも、1年2年と仕込むものもある。だから、常に準備中なのだ。親方はそう言う。
 
 母方の実家は漁師だし、各地の漁師から直接魚を入れているので、親方は海の事情にも詳しい。昨今魚が少なくなっていることには、辛そうな表情も垣間見せる。
 「魚のさ、採り方がしどい(ひどい/親方は江戸っ子なので「ひ」と「し」が違う)んだよ。底引きで根こそぎ採っちゃうから、アンコウのこんなちっちゃい子供だって、しき上げて5匹で5百円とか云って、売っちゃうだよ。そんな深いとこまで、底引きにしちゃいけないよ。でも、漁師も承知だけど、やっぱり追いつめられてんだよね。」
 「どっか(北朝鮮)の国なんか、船で来てガンガンごみ捨てていくから、そこを漁場にしている日本の漁師たちは、ごみ拾ってそれから漁をするんだよ。そんだったて、ごみ拾いにかかる人件費や燃料代は全部漁師持ちだから、たまらないよな。」・・・こんな話がしばしば親方の口をついて出る。聞くたびに政治ってなんだ?!と私は思う。海には潤沢に魚がいて、漁師がまっとうな漁をして、漁場は後継者に引き継がれていかなければならない。そうでなければ、近い将来鮨ネタは全部養殖になってもおかしくないところまで来ているのだ。それでも、選挙対策のための勢力争いにうつつを抜かしている大物政治家さんたちには呆れるほかない。
 
 今は春、労を重ねて、川海苔の香りがする四万十の天然鮎を親方は握ってくれた。四万十の鮎も年々入る量は減っている。
 目を閉じて五感で味わう鮎のなんと清々しいことか。最近、起こった多少の厭な出来事など皆、チャラである。これからも私は、あの引き戸を引き続くけることだろう。鮨の幸せをかみしめながら。


# by oishiimogumogu | 2010-04-30 12:12 | 旨い店

鮨の幸せ②


 一志治夫氏の著書『失われゆく鮨をもとめて』は、読み物としても素晴らしく、細かいところまでいちいち頷きながら読んだ。他に追随を許さない東京の一軒の寿司屋の親方の物語なのだ。読み終わって、私の行く寿司屋はここだ!とひらめいた。本文中にはお店のデータはないけれど、ネットでちょっと検索したらすぐわかった。日を決めて早速予約した。電話には、大女将が出て初めて行くという私のために、店への道順など親切に教えてくれた。一人でも構わないとのことだった。

 当日(4年前の4月だった)は、期待と不安を心に抱き、たどたどしく初めての地へ向かった。全くの住宅街で、こんなところに店があるのかと思うが、そこは本で既に学習済みだ。店に着き、「準備中」の看板を尻目に引き戸を開けて中に入る。カウンター10余席の小さな店であった。座って見回すと色紙が何枚も貼ってあり、その中に大平正芳というのもあって仰天した。他にも俳優やプロ野球選手、テレビでいつも見ているアナウンサーなどが来ているようだ。仰天したことはもうひとつあって、お客の中に一志治夫氏もいた。何たる偶然!その時のことは、一志氏が当時のブログに書いてくれている。

 本の中でミュージシャンの大原礼氏が13種類のつまみを一つ一つメモする場面がある。が、そんなにつまみが出るのは、常連中の常連の有名人だからだろうと思った。それなのに、出てきたのだ私にも。薫物、刺身、乾き物、焼き物、煮もの、揚げ物、香の物、季節のスペシャル料理、珍味などなど・・・
 初めて行ったのに、しかも有名人でもないのに、そういう別なく対応してくれた。きちんと客を大切にしているのだと思った。
 酒もすごい。親方が蔵元から直接入れてくる地酒の数々。それも樽の中取りもあったりする。
 それらのあとようやく、手拭きが出てきて鮨になる。その鮨がまた凄くて、コハダなら白酢と赤酢とかぼすのシャリで3貫頼むことも可能だ。墨烏賊を塩で握ってもらったっていい。白身、貝類、漬けの握り・・・あとは胃袋のスペースがある限り、握ってもらい、仕舞に煮蛤と穴子を頼んで締めた。
 
 親方や一志氏とも少し歓談させていただき、新参者らしく早めに退散したのだが、帰りの道々、ポウっとしてなんだか分からなかった。凄い鮨屋だ。こうして私はここの常連になった。4年目である。しかし、先代からの常連客は20年とか30年とかで、とても歯が立たないが、この頃はこういう重鎮の方からも声をかけてもらったりして楽しい限りである。

・・・つづく 

# by oishiimogumogu | 2010-04-27 19:34 | 旨い店

鮨の幸せ①


 子供の時分から、親に馴染みの寿司屋に連れて行ってもらっていれば、大して苦労はないだろうけど、私のように寿司屋はおろか滅多なことでは外食しない貧乏家庭に育つと、困るのが寿司屋のカウンターデビューである。ウチでは、誰かお客が来たときに鮨の出前を取るのが関の山であったし、少ない親戚の中にもカウンターデビューの手ほどきをしてくれるような人はいない。会社の上司が何度か馴染みに連れて行ってくれたが、大したことなかったのと、上司と同じ店に出入りするのは気が引ける。プライベートで食べているところに鉢合わせなんかしたら、どんなに旨い寿司も喉を通らない。星の数ほどの寿司屋がひしめき合う東京に生まれ育ったというのに、何処に自分に合う店があるのか見当もつかなかった。
 
 しかし、30代になって間もなく、灯台元暗しとはよく言ったもので、当時住んでいたアパートから歩いて3分のところにある寿司屋が良心的な勘定で、わりと良いものを食べさせてくれることが分かった。近所のよしみもあって、早速常連になった。念願のカウンターデビューを果たしたのだ。給料がでると、白木のカウンターに座り、好きなネタの鮨を握ってもらって好きなだけ食べた。「つまみに刺身をちょっと、あとは白身でいいのがあったらそれを・・・」「そうね、そこにあるのは白エビ?それちょうだい。」「あと、締めは穴子。今日は、握らないで巻物にして。」などとやって、満足していた。少々呑んで酔っても、3分でアパートまで帰れる。時々、親を呼んで食べさせたり、友人や後輩が来たときにも良く利用した。
 
 ところがいつの間にか職人が辞め、だんだん鮨を食べに来ると云うより、居酒屋代わりに呑みに来る客が増えた。折角行っても、大将のゴルフ仲間の客たちがのゴルフ談議に、こちらがそっちのけになってしまうこともあった。そのころ歩いて3分から自転車で13分の場所に引っ越したこともあり、だんだん遠退いてしまった。その間に2件ほど、初めて入った店にぼったくられた。銀座でもないのに鮨5巻(普通のネタ)にお銚子1本で¥25,000取られたこともある。やはり、寿司屋というのは私のようなものは相手にしないし足元を見るんだ。そう思って、ちょっと落ち込んだ。そんなときだ「失われゆく鮨をもとめて」という著書に出会ったのは。筆者の一志治夫氏は自身も大の鮨好きで、私とほぼ同じ理由で、行きつけの寿司屋を失った経験を持っていた。そういう切り口から始まったので、私はこの本を一気に読んでしまった。

つづく・・・

# by oishiimogumogu | 2010-04-26 21:44 | 旨い店

塩豚三昧


 拙宅必需品の塩豚は、熱海にある中田野精肉店で作ってもらっている。「塩豚くらい自作すればいいだろう」と言われそうだが、以前はちゃんと自分で作っていた。中田精肉店の塩豚は主に拙宅向けのいわば特注品で、以前電話で自作塩豚の事を喋ったら「その塩豚、オレが作ってやる。」ということになってしまった。塩豚作り自体は大した手間ではないのだが、やはり面倒な時はある。しかしながら塩豚ごときを他人に作ってもらうことに少しだけ心は揺れた。
 数日後、出来上がった塩豚が送られてきた。あまりに良心的で驚いた。滅茶苦茶いい肉なのに、おそらくはデパートの半額くらいだったのだ。せめて手間賃くらい取ればいいのに・・・。と思ったが、肉以外の材料費も上乗せされてない。もち豚塩豚は脂身と赤身がバランスよく、それはそれは旨かった。決まりだ。もう自分で作ることはない。心も揺れない。
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 最近、友人にも知れ渡りそっちの分まで作ってもらている。店としてはありがた迷惑な話かもしれない。しかし、旨いもち豚の三枚肉に塩やスパイスを摺りこみ、月桂樹を付けて真空熟成された特性塩豚は、野菜炒め、チャーハン、焼きそば、パスタ、ラーメン、蒸し豚鍋などなどに欠かせない。届いたその日に半分はボイル(ゆで汁はラーメン用のスープになる!)、もう半分はそのまま小分けして冷凍する。切らすことは許されないのだ。中田屋はほかにもビーフジャーキーやコンビーフなどでお世話になている。ちょっと凄い肉屋だ。
 今日は、一昨日とは打って変わって寒い。降ったり止んだり。パソコンの前で朝から仕事。夕方から陶芸家の諸先生方と寿司を食べに行く予定だから、ブランチは軽めに「塩豚とねぎの焼きそば」にした。
 中田屋さん、これからもお世話になります。


塩豚三昧_f0238572_14323991.jpg

器:鈴木敬夫 染付リム中皿

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# by oishiimogumogu | 2010-04-23 12:06 | 日々の食卓


酒・食・器そして旅のたわごと・・・


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